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都市伝説『スク水メリーさん』
 誰かに見られているような錯覚。
 いるはずのないものがいる。
 ないはずのものがある。
 そんな得たいの知れない恐怖に俺はとりつかれていた。
 はやくこの状況から解放されたい。今すぐ楽になりたい。
 そもそもなぜこんなことになってしまったのか。

 俺がこうなってしまったのには原因がある。それは友人の些細なイタズラから始まった―――

 バイトが終わりアパートに戻ってきた俺は一服しようとたばこに火をつけたところだった。
 突然部屋の電話が鳴ったので慌ててさっき火をつけたばかりのたばこを灰皿に置くと、受話器をとった。

「もしもし?」
「……」

 数秒ぐらい待っただろうか、一向に相手からの反応がなく、俺は間違い電話か何かだろうと思って、特に何も言わずにこっちから電話を切った。
 俺は再びさきほどのたばこを灰皿から手に戻すと、口に当て、一服吸った。
 肺の中に満たされる満足感。一仕事終えたという安堵感。やはり仕事終わりの部屋での一服は格別だった。
 これを吸いきったら、今日はシャワーを浴びてそのまま寝るとしよう。
 時計の針はちょうど夜中の二時を指していた。

 シャワーを浴びてスッキリした俺は半裸姿のままで部屋に布団を敷く作業を開始した。
 と同時に再び電話が鳴り響いた。
 さっきと同じ奴か? と思いながらも俺はとりあえず受話器をあげた。

「もしもし?」
「……」

 返事がない。
 さすがに二回目なので俺はもう一度だけ問いかけることにした。
 もしかしたら相手側のほうで俺の声が聞きとりにくいのかもしれないと思って。

「もしもし? 聞こえますか?」
「……私メリーさん、今八坂駅にいるの」

 プツン、ツーツー。
 一瞬背筋に冷たいものが走る。
 そういや半裸のままだった。
 俺はとりあえず手短にあった服に着替えると、さっきの電話のことを考えた。
 最近のイタズラ電話にしてはかなり古い手法だな。

 メリーさん。
 誰もが一度は聞いたことあるだろうが、メリーさんは電話をかけてくるたびに相手への距離を着実に縮めてくる謎の存在だ。
 で、最後には必ず相手の背後にいるという電話が掛かってきて、相手を恐怖のどん底へ陥れるというものだ。

 実際にメリーさんなんて存在を見た者はいないが、かといっていないとも言い切れないぐらい有名な名前だ。
 都市伝説としてもかなりメジャーな部類に入っていると思う。
 電話を使うという意味でもイタズラにはもってこいだしな。

 というわけで俺は多少驚きはしたものの、そのまま再び寝る準備を整えた。
 電気を消して、さぁ寝るぞと布団に潜った瞬間、電話が鳴った。

「……」

 さすがに三回目ともなると、こちらが先に口を開くのも癪なので黙って受話器を耳に当てた。
 しばらく相手側も無言だったが、かすかに息づかいが聞こえる。
 俺はそのまま数秒無言で待ってみた、すると――

「……私メリーさん、今玄関の前にいるの」
「っ!?」

 これには心底ビビった俺は叩きつけるように受話器を置くと、部屋中の明かりという明かりををつけて、テレビもつけ、音量も最大にして、布団を頭までかぶりその中に潜り込んだ。
 なんだこれは? イタズラにしては度が過ぎてるんじゃないのか?
 と奥歯をガチガチ鳴らしながら震えていると、四度目のコール音が鳴り響いた。

「ぎやあああああああああああああああああああ!」

 俺はあまりのことに絶叫しそのまま勢いで布団を飛び出し玄関に向ってまっすぐ駆けだし、そして――

 ガチャ。

「よっ! のぶ。私メリーさ……ぶっ!」
「――!?」

 とりあえずぶん殴った。

「ってぇ、何もそこまで怒ることないじゃんかよ……つか普通客人をいきなり殴るか」
「自業自得だろ」

 さっきからのイタズラ電話はこいつの仕業だった。
 久しぶりに顔を見せにきたと思ったら、これだ。
 つい勢いで文句よりも先に手が出てしまったが、そんなことはお構いなしと図々しく人の家に勝手に上がり込み、すでにくつろぎモードになっていた。

「お前も一本どうだ?」
「……」

 コンビニかどこかに寄ってからきたのか、ぱんぱんのビニール袋が傍に置いてあった。
 俺はソレを見てもはや怒る気も失せたので、ソイツを無視して今度こそ寝る体勢に入った。

「じゅるり、ちゅぱ、んむぅ……ぺろぺろ、あむ……じゅるじゅる……れろ」

 ……。

「んんぅ、れろれろ……じゅるり、ちゅぱ、んむぅ…」

 ………。

「ちゅぱちゅぱ、れろ……ぶっ!」

 とりあえず殴った。

「おまっ、さっきから殴りすぎだろ。俺が一体何したってんだよ」
「いい加減にしろ、ここは俺の部屋だ」
「だから?」
「カエレ」

 と言って素直に帰る奴ではないことはわかっていたが、バイトで疲れていた俺はもはや限界だったのだ。
 「まぁまぁ、落ち着けよのぶ」とか言いながら俺をなだめてくるソイツを無視して、トイレにたった。
 戻ってくる頃には奴の姿がなければいいなぁと思ったが、案の定ソイツはまだそこにいた。

「こうやって音を立てながら舐めるのが好きなんだよ俺」
「男のチュパ音なんか聞かされる俺の身にもなってみろ、キモくて眠気なんてふっとんじまったよ」

 チュッパチャップス片手に自分流のおいしい舐め方を懇切丁寧に説明してくる友人に若干引きつつも、ここで改めてコイツが俺の家に来た理由を問いただした。

「で、なんか用かよ?」
「いや特別用ってほどのことでもないんだが……」

 頭をかきながら所在なげに視線を泳がすソイツにイライラしたが、ここで殴ったらまた話が振り出しに戻り無限ループになりかねないので我慢した。

「お前、メリーさんの噂知ってるか?」

 やっと確信に迫ったかと思ったら、何のことはない、俺にかけてきたイタズラ電話の話か。

「知ってるけど、お前まさかこの期に及んでまだ俺をからかおうってんじゃないだろうな」
「ち、ちげぇよ。確かにさっきの電話はちょい悪ノリが過ぎたよ。まさかお前があそこまでビビるとは思わなかったからよ」

 申し訳なさそうに俺から顔を背けながら新しいチュッパチャップスに手を伸ばす。
 袋を丁寧に破いて口に含むと真剣な表情でソイツは言った。

「スク水メリーさん」
「っ!?」

 俺の背筋をこれまで感じたことのない強烈な寒気が襲う。
 よもやそんな単語をこの場で聞こうとは誰が予想しただろうか。
 今や忘れ去られた……いや、初めからなかったかのように扱われるスク水というモノの存在。
 俺もネットの裏サイトでチラリとしか見たことのない産物だ。
 よくできたコラかあるいわ誰かの作り物というのが通説で、実際にスク水なんてモノを間近で見た人物は未だかつていない。
 だから科学が進歩した現代でも都市伝説としてスク水は年齢を問わず世の中を席巻している。
 例に漏れず俺も友人もその中の一人ということだ。

「お、お前まさか、そのメリーさんがスク水を着てるなんて馬鹿げたこと言うんじゃないだろうな。はっ! そんな根も葉もない噂、誰が信じる……」
「……」

 普段おちゃらけた態度なだけに、俺の反応に対し無言でチュッパチャップスを舐め続けるソイツの姿が異様な光景として目に映った。
 俺はゴクリと喉を鳴らして、あくまで平静だという風な態度を装ってもう一度問いただした。

「そ、それでそのスク水メリーさんとやらに気をつけろと注意しにきたわけか、それもこんな夜中にわざわざ」
「……」

 俺の問いに一向に答えようとしないソイツにいよいよ腹を立てた俺は拳を握りしめ、三度目の鉄槌を下そうと、腕を振り上げた。

「ちょ、ちょ待てよ! お前がうるさいっていうからなるべく静かに舐めてたのに何殴ろうとしてんだよ!」
「……」

 そうか、コイツはそういうやつだった。
 話の途中でチュッパチャップスを舐めるのに真剣になるあまり俺の声はまったく届いてなかったのだ。
 さっきまでの張り詰めた空気が馬鹿みたいに弛緩して、俺はその場にどっしりと腰を下ろし何気なくソイツの傍にあったビニール袋の中を覗き込んだ。

「おま、これ全部チュッパチャップスかよ。一体何本買い込んで……」
「百本だ。お前も一本イっとく?」
「カエレ」

 真性のバカだった。

 朝目が覚めると、友人はいつの間にかいなくなっていた。
 食い散らかすだけ食い散らかして、何も言わずに帰る。
 奴がくるまでは正常だった俺の部屋は今じゃチュッパチャップスの残骸でいっぱいだった。

「百本、全部食べていきやがった……」

 論点が多少ズレたが、まさかアレを一人ですべて食いきるとは俺も予想外だったのだ。
 ここで怒ってももはや無意味と判断し、無言で残骸を片付けていると、なにやらテーブルの上にメモらしきものが置いてあるのが確認できた。
 それを拾い上げて軽く目を通してみる、そこには――

『昨日はいきなり訪れて悪かった。それにイタズラ電話をしたのも。でもスク水メリーさんの話は少しでもいいから気にとめていてほしい。最近俺の周りでもよくない噂が飛び交ってるので、一言いっておきたかったんだ。もしお前に何かあったら俺は……。それより今度俺のおごりでチュパバー行こうぜ! あそこはいいぞ、なんせチュッパチャップスが食べ放題だ。軽くトリップしてる奴なんかもいて見てるだけでも楽しいと思うぞ。気が向いたら電話くれよ。まぁ電話がなくてもまたそっちへ遊びに行くけどな♪ あ、そうそう。棚にお前の分のチュッパチャップスを入れておいた。好きなときに食べてくれ。 ひろより』

 キモいメモがあった。
 男にしては可愛げな丸文字でつらつらと綴られたソレを俺はばっちいものでも触るかのように摘み、そのままゴミ箱へシュートした。
 さっき片付けたチュッパチャップスの残骸とともに大きめの袋に詰めて、玄関を出る。
朝の陽光が俺の閉じきった瞼をこじ開けるように差し込んだ。
 近くのゴミ置き場に袋を置いて部屋に戻り、シャワーを浴びて着替えると俺は再び出かける準備をした。
 今日もバイトだ。帰りは昨日と同じぐらいになるだろう。
 そう思うとなんだが憂鬱だったが、生活のためだがんばろうと自分を鼓舞して玄関の鍵を閉めた。

「いらっしゃいませ」

 いつものごとくコンビニでレジを打ちながら昨日のことを思い浮かべる。
 久しぶりに顔を見せたと思ったら、人の部屋を荒らすだけ荒らして去っていった友のことを。
 でもひろが無意味に俺をところへ来ることは一度もなかった。
 俺が何かに悩んでいる時や、不安でたまらない時、いつも決まって奴がふざけたことを言いながら俺の元へやってくる。
 そんなにひろに表では悪態をつきつつも、どこかで感謝している自分がいるのも確かだった。
 まぁもっとも、面と向って感謝の意を述べたことは今まで一度もないが。

「ありがとうございました」

 にしてもスク水メリーさんか。
 これまた突拍子もない噂話だ。
 何度も言うがスク水なんてモノは本来この世には存在せず、ましてやそれをあのメリーさんが着ているなんてちゃんちゃらおかしな話だった。
 存在しないモノを存在しない者が着ている。
 下手な怪談話よりよっぽど質が悪い。B級とすら呼べない。
 そんな話一体誰が信じるというのか。
 バイトに没頭してるうちにいつのまにかその話は頭の隅へと追いやられたのだった。

「……疲れた」

 昨日よりも遅い時間に帰宅した俺はそのままシャワーも浴びずに布団へダイブした。
 このまま寝てしまおうと、心地よいまどろみの中へ埋没しようとしかけたその時、電話のコール音が鳴り響いた。

「はい、もしもし……」
「……ん」

 なんとか受話器をとったが、まだ意識は朦朧としていた。
 かすかに相手が何かを言っているようだが、うまく聞き取れない。
 俺はもう一度問いかけた。

「もしもし? どちら様でしょうか?」
「……私、メリーさん。今ブルセラショップにいるの」

 夢の中へ沈みかけた意識が一気に現実へ引き戻される感覚。
 それとともに押し寄せる怒りの波。
 懲りずにまたイタズラ電話をしてきた相手に対し、俺は怒鳴り散らそうと息を大きく吸い込んだ。

 ガチャ、ツーツー。

 と同時に向こうから一方的に電話を切られて怒鳴るタイミングを見失った。
 けれど、俺の意識はそれで完全に覚醒し、もう一度掛かってくるであろう電話に備えて電話機の前で待機した。

 プルルルルル――

 やはりきた。

「てめぇ! ふざけんのも大概にしろよ! さすがの俺でも昨日今日で同じイタズラに騙されるわけねぇだろ!」
「……」

 受話器をとったと同時に叫んでやったので今度は向こうが驚いてるはずだ。
 俺はしてやったりという顔で受話器を握りしめ、相手の反応を伺った。
 しばらく無言だったが、やがて意を決したのか息を吸い込む音が聞こえた。

「……私、メリーさん。今そこでスク水を買ったの」

 ガチャン、ツーツー。

 ふざけるなよ。
 ひろのやつ何考えてやがんだ。
 この期に及んでまだバレてないとでも思ってるのか? しかも昨日自ら語ったスク水メリーさんのマネまでしてやがる。
 イタズラにしては度が過ぎてる。
 もし次に電話が掛かってきたら今度こそ問いただしてやる。

 そして、俺は臨戦態勢を整えて三度目の電話を待った。
 時計の針の動く音がやたら大きく聞こえる。
 俺の心臓もさっきからずっと警笛を鳴らしている。
 馬鹿な、そんなはずはない。これはひろのイタズラだ。
 そう自分に言い聞かせつつも得たいの知れない恐怖に包み込まれていくのを感じた。
 どっちにしろ、次の電話ではっきりさせるのだ。

 やけに長い時間が過ぎたように思う。
 けれど、電話は一向に鳴る気配を見せない。
 やっぱりイタズラだったんだ。さっき俺が怒鳴ったせいでひろは電話をかけずらくなったんだ。
 ざまぁみろだ。
 俺は晴れやかな心で、電話機の前を離れると、いつものようにたばこを取り出し、一服しようとたばこに火をつけた。

 ブブブブブブブブ

 と同時にどこかで激しく振動する何かの音が聞こえる。
 俺は乱暴にたばこを灰皿におしつけると、その振動音の元を探り出した。
 それは俺の携帯だった。着信相手の名前はひろ。
 ほらみろ、家にかけるのが怖くなって、今度は携帯にかけてきやがった。
 どうせ、謝罪の電話だろう。そう簡単に許すつもりもないが、一応弁解だけでも聞いてやるかと受話を許可した。

「もしもし、のぶか?」
「あぁ、俺だ。お前のイタズラのおかげですっかりご立腹の俺だ」

 いつになく不機嫌さを隠さない俺の声に若干の戸惑いを覚えたのか、ひろは真剣な声で謝ってきた。

「昨日のことまだ怒ってんのかよ。悪かったって。今度お礼になんかおごるからさ。それで勘弁してくれよ」

 何を言ってるんだコイツは。
 俺はさっきの電話のことを言ってるのに、昨日のことだと?
 ふざけるなよ。
 俺は再び怒りを露わにした怒声で話し返した。

「ば、ちげぇよ! お前さっきも昨日と同じ電話かけてきただろうが! ふざけんのも大概にしろよ。さすがの俺でも何度も同じことされると、ブチギレるぞ!」
「おいおい待てって。さっきっていつの話だよ!? 俺は今日たった今お前に電話かけたばっかだぞ。それに家に電話かけた覚えはないし。これ、お前の携帯だよな?」
「……え」

 あやうく携帯を落としかけて、はっとなる。
 今コイツはなんて言った? 電話をかけてない?
 いや違う、かけたのは今だ。しかも携帯に。
 じゃあなんだ、さっきの電話はひろじゃないってことか?
 そんなこと……まさかあるわけ……

 とそこで、家の電話が鳴り響く。

「ひっ!」
「おい? どうした、のぶ? 聞こえてるか?」

 圧倒的な恐怖が俺を襲う。
 今俺は携帯でひろと話をしている。じゃあ今こうして家の電話がかかってるのはどういうことだ?
 少なくとも相手はひろじゃないことは確かだ。
 では一体誰が俺に電話をかけてきている。さっきのイタズラ電話と同じ奴か?
 同じ奴だとしたらひろと同じぐらい馬鹿な脳みそをした奴だ。
 今時そんな幼稚なイタズラにひっかかる人間なんて存在しない。
 メリーさんなんていないんだ。それにスク水だって存在しない。
 まったく馬鹿げた話じゃないか、俺が勝手に勘違いして、話をややこしくしてるだけ。
 そうだ、きっとそうだ。そうじゃなきゃこんな意味不明なことは起こらない。
 確かめるんだ。確かめて今度こそはっきりさせてやる。
 そして俺にそんな電話をかけてきたことを後悔させてやるんだ。

 俺は受話器をとった。

「もしもし?」
「……私メリーさん、今スク水に着替えているの」
「二度とかけてくるな! 誰か知らんが、次かけてきたら声を録音して出るところ出てやるから覚悟しておけよ」

 俺は冷ややかにそう告げると電話を切ろうと、受話器を耳からはずした。
 その途中かすかに女の笑い声が聞こえたが、気のせいにしてそのまま受話器を置いた。

「おい? おい、のぶどうした! なんか怒鳴ったみたいだが……返事をしろ!」
「あ、あぁ……すまん。俺の勘違いだった。お前は悪くないよお前は……」

 再び携帯を手にすると穏やかな声でひろに話しかけていた。
 額に変な汗をかきつつもこれでもう電話はかかってこないだろうと安堵し、しばし我が友人の戯言に付き合ってやろうと決めた。

「さっきそっちの電話鳴ってたみたいだけど、誰だったんだ?」
「大したことない。ただの間違い電話だ。気にするな。それよりお前あのチュッパチャップスなんとかしろよ。俺一人で食える量じゃねぇよ。それに俺チュッパチャップスそんなに好きじゃねぇし……」
「はぁ? 何言ってるんだ、のぶ。あんなにうまいものが好きじゃねぇだと。それはお前の舌がおかしいんだよ。だいたいなぁ……」

 誤魔化す必要があったのかどうかわからないが、俺は無意識にひろを心配させまいとして咄嗟に嘘をついた。
 怪しまれないように違う話題を振って、いつものチュッパチャップス談義にもっていったところで俺はやっと心を落ち着かせることができた。
 しばらくそうやって他愛のない会話を楽しんだ後、ひろとの電話でのやりとりを終了し、俺は汗でべとべとになった服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びた。
 サッパリしたところでたばこで一服しようとも思ったが、なぜかそんな気分にはなれず、俺はボーッと部屋の電話を見つめていた。
 もしここでまたあの電話がかかってきたらどうしよう。
 さっきは訴えるとかなんとか脅しを言ったが、相手の声を録音したからってそう簡単に訴えることはできないだろう。ましてや声だけでどこの誰がこんなことをしてきているのか分かるはずもなく、何の意味もないことは火を見るより明らかだった。
 だから俺はこのイタズラ電話から解放されるための最も単純な手段をとることにした。

「……電話線」

 そう、これさえはずしておけばもう電話はかかってこない。
 どうせ携帯があるんだ。緊急の用事なんかはこっちにかかってくる。
 それに家の電話にかけてくる奴なんて家族以外にそうそういないし、たった一日や二日電話が繋がらなくても不便はないだろう。
 というわけで俺は電話線を引っこ抜いた。

「よし、これで安心だ」

 やっと奇妙な不安と恐怖から解放された俺は布団の上に大の字に寝っ転がる。
 ひろがあんなイタズラをしなければ俺もここまで神経質にならなくて済んだのだ。
 やっぱりあいつのせいだな、うんそうだ。変な噂話までふっかけてきやがって。

「スク水なんてあるわけねぇっつの、はは」

 と笑いが込み上げてきた。

 プルルルルルルルル

 っ!?――

 プルルルルルルルル

 一瞬何が起こったのか理解できなかった。
 込み上げた笑いは一気に引きつり、代わりにえずくような声が喉の奥から漏れ出る。
 意味がわからない。だってさっき電話線は抜いた。
 だから今電話が鳴るはずなんてないのだ。なのになんだこの状況は、なぜ電話が鳴っている?

 プルルルルルルルル

 まるでこの世のものではないものを見るかのように俺は部屋の電話を凝視する。
 視線を電話線のほうにもっていくが、幻覚じゃない、完全に線は途切れている。
 なのに、電話はこれでもかというほど自己主張の激しい音を響かせる。
 出たらダメだ。これは出たらダメな類の電話だ。でもまさかそんなことあるわけ――

「も、もし…もし…?」

 確かめずにはいられなかった。
 出たらダメと分かりつつも確かめなければ正気を保てそうになかった。
 だから俺は電話にでた。受話器を握りしめて相手が誰なのかを確認する。
 そう、たったそれだけでいい。それではっきりさせるんだ。これは何かの間違いなんだって……。

「私、メリーさん。今坂下公園にいるの」

 ガチャン!
 今までよりもはっきりとした女の声。
 しかもかなり近い。坂下公園なんてアパートからすぐそこじゃないか。
 なんだコレハ? 新手のドッキリカ? 俺は今部屋にしかけられた隠しカメラか何かに撮られているのか?
 それならそうと、はやくネタばらししてくれ。
 頭がどうにかなりそうだ。

「はぁはぁ……そうだ、確かめなきゃ……」

 混濁した意識の中で、俺は今自分がすべき最善の方法をとるため、震える手で私服に着替える。
 そうだ、もし本当にこの電話の相手があのメリーさんならもう一度電話をかけてくる。
 それに出てしまったら今度こそ終わりだ。自分の背後に音もなく現れたメリーさんに俺は――

「はやく、はやく、確かめなきゃ……」

 ふらついた足で玄関を出る。ひんやりと冷たい空気が肌を刺す。
 公園にはたしか、いまだに撤去されていない古い公衆電話があった。
 きっとそこからかけてきたに違いない。そうだ、確かめるんだ。メリーさんより先に俺がメリーさんを確かめるんだ。

 吐きそうな気配を無理矢理押し込めながら、公園に向ってひたすら歩を進める。
 夜も深まった頃なので、人影なんてあるはずもなく、いるとすれば恐怖に引きつった顔した俺か、すがすがしい顔で俺に嫌がらせをするまだ見ぬメリーさんか。
 どっちにしろ、発見次第ぶん殴る。
 俺をここまでこけにした奴を見つけ次第殴る。それでこんな意味不明な状況にケリをつけてやるんだ。
 待ってろメリーさん。今すぐそこへいってやる。お前が来る前に俺が――

「……」

 公園にたどり着いた。
 辺りを見渡すが人っ子一人見つからない。
 そうだ、あの公衆電話はどこだ? 確か公園の隅の方に……あった。
 俺はゆっくりとその公衆電話のほうへ近づいていく。
 だがそこにはぽつんと古びた公衆電話が一台無造作に残されているだけだった。

「誰もいない……?」

 もう俺の家に向ったのか?
 だとしたらここに来るまでにすれ違っているはず。
 ということはまだこの公園のどこかに潜んでいるということだ。

「出てこいよ!!」

 俺は叫んだ。
 今更怖じ気づく俺ではない。こうなったら相手の姿を確認するまで俺はここを一歩も動かない。
 そう決めて、公園のどこかに隠れているであろうメリーさんに向って怒鳴りつけた。

「どこのどいつか知らないが、いい度胸してやがる。一体俺に何の恨みがあってあんな電話をかけてきやがった。まぁもっとも今更謝っても許す気はさらさらないがな。さぁ分かったら大人しく姿を――」

 リリリリリリリン

 ありえない音に後ろを振り返る。
 一体何の冗談だこれは。
 ここは公園だぞ。電話の音なんて聞こえるはずないじゃないか。

 リリリリリリリン

 でも確かにソレは鳴っている。
 俺の目に映るソレはまるで全盛期の頃のようにけたたましい音を高らかに歌い上げている。

「嘘だろ、おい……はは、なんだよこれ。わ、わけ……わかんねぇよ……」

 ソレは間違いなく今はもう誰も使いそうにない古ぼけた公衆電話だった。
 恐る恐る近づきながら、俺はその公衆電話を隅々まで確かめる。
 そして俺はそこで恐ろしい事実に気がついてしまった。

「こ、これ、電話線千切れて――」

 リリリリリリリリン
 リリリリリリリリン
 リリリリリリリリン

 ダメだ、足が動かない。あまりの恐怖で俺はその場からまったく身動きができなかった。
 まるで金縛りにでもあったかのように、意識ははっきりしているのに体だけが言うことを聞かない。
 かすかに右腕だけが動く、でも腕が動くからってこの状況は変わらない。
 そうだ、俺はもう逃げられない。得体の知れないものに目をつけられて訳もわからないうちにこんなことに。
 もう嫌だ。はやく楽になりたい。今この瞬間何者かに襲われて死んでしまえるならいっそそうなってほしいと願うぐらい俺はパニック状態に陥っていた。

 だから、俺がソレに手を伸ばしたのも当然と言えば当然のことだった。

「も、もしもし?」

 鉄の錆びた臭いが鼻をくすぐる。
 もう何十年も使われていないであろうソレを耳に当てて最後の審判を待つ。
 次に返って来るであろう返答は分かりきっていた。だから俺はソレを耳から外し、ゆっくりと首を後ろにまげて――

「私、メリーさん。今、貴方の目の前にいるの」
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 叫び声を上げたと同時に俺の体に自由が戻り、俺は慌ててその場から逃げ出した。
 逃げ出す時、目に飛び込んできた映像はとても人には言えそうにないショッキングなものだった。

 だって俺が見たのはまごう事なきスク水――。

 そう――胸にひらがなで『めり~さん』と書かれた名札を貼り付けたスク水の少女だったのだから。

「――次はお兄ちゃんのところにいくから」



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テーマ:ホラー・怪談 - ジャンル:小説・文学

都市伝説『スク水幼女』
「マジ、まじこの目で見たんだってば!」

 夏もそろそろ終わりに近づいた8月のある日。
 いつものように仲間達と深夜のコンビニ前でチュッパチャップスをチロチロと舐めていたらそのうちの一人が突然、おかしなことを語り始めた。
 最初は俺も、いつものチュッパチャップスの舐めすぎによる幻覚症状かと疑ったが、どうやらそうではないらしい。

「オマエ、またチュッパチャップスにヤラレたんじゃね?」
「1日100本も舐めてりゃそりゃ変なモノもみるわな」
「ちげぇーって! マジ、モノホン! 俺だって幻覚ならむしろそっちのほうがありがたいぐらいだぜ!」
「……」

 幻覚を見ることに定評のあるソイツが言うのだから、多少なりとも信憑性はあるのかもしれないと、否定を続ける他の仲間達を無視して、俺は冷静にソイツの話を聞いてみることにした。

「で、もう一度正確にその見たモノの正体を言ってみろよ」
「おお! たけしはやっぱ分かるヤツだな! 俺はオマエなら絶対信じてくれっ――」
「戯れ言はいいんだよ。さっさとしゃべれ」
「……ひ、わ、分かったからそんなに怒らないでくれ、オマエ顔超こえぇよ」
「この顔は生まれつきだ」

 で、ソイツが言うには――

「スク水幼女」
「……」

 その単語を出した途端、さっきまで冗談交じりに笑い合っていた仲間達も急に静まりかえった。
 それほど、この街ではその単語はタブーとされているということだ。
 ましてや、今の時代、スク水なんてものは古代の産物でしかなく、それ自体がすでにこの世に存在しないものなのにそれを身にまとった幼女が、目の前に現れたというのだ。
 そんなものを目にする時点でまずおかしいことに誰もが気付くだろう。
 だからこそ、みんなほんとは心の中で恐怖していたのだ。それを隠すためにみんな必死で否定し続けている。認めた時点で自分にも見えてしまうかもしれないという恐怖に抗うために。

「ば、バカか? すすす、スク水幼女なんて都市伝説に決まってんだろ?」
「そ、そそうだよ。そんなものいるはずないじゃないか」
「あぁ、俺だってそう信じたい。いやむしろ今でも信じられない。あんなものをこの目で見ちまうなんて、くそ……たけし、俺死ぬのかな?」
「……」

 いつもの楽しいダベリの時間のはずが、ソイツのせいで一気に萎えムードだ。
 これじゃあ、いくらチュッパチャップスを舐めたところで気分は高揚しない。
 こうなったら、この気分を害した原因を潰すしか方法はない。
 俺はおもむろに口にくわえていたチュッパチャップスをキュポンという音を立てて取り外すと仲間達にこう言った。

「よし、そのスク水幼女ってのがほんとにいるかどうか確かめに行くか」
「っ!?」
「な、なに、言ってんだよたけし! まなぶの言うこと聞いてなかったのかよ!」
「そ、そそうだよ。幻覚マスターのまなぶが本物だって言うんだから、きっと実在するんだよ」

 さっきまで散々否定していたくせにコイツらは……。
 まぁ期待しちゃいなかったが、まだ自分の目で確かめていないモノにびびる程度のヤツなら連れて行かない方がマシだ。
 かえって邪魔になりかねないしな。

「じゃあ、俺一人で行ってくるわ。おい、まなぶ。そのスク水幼女が出たっていう場所を教えろ」
「で、でも……たけし」
「さっさと言え、俺はそこまで気が長いほうじゃないんだ」
「わ、わかったよ。そんなコワイ顔すんなよ」
「だからこの顔は生まれつきだと何度言ったら……」

 まなぶに聞いた場所は、案外近くにあった。
 ビビりながらチュッパチャップスを舐め続ける仲間達をコンビニに残して、俺は一人その場所へ向った。
 夜も遅いので、出会う人影は一切なし。
 俺の歩く足音だけがやけに響いて不気味だった。
 あまりにも静かすぎてキーンと鳴る耳の奥に苛立ちを覚えながら目的の場所にたどり着く。

「ここか……」

 鬱蒼と生い茂る雑草。
 もう何十年……いや何百年も手入れされていないと思わせるほどの荒れ地ぶりに多少は恐怖を覚えつつも俺はその場所をじっくりと見渡した。
 昼間見たら特になんてことはない。ただのプールの跡地だ。
 だが、こんな夜も更けてから見るソコは、確かにまなぶの言うように何かがいそうで不気味だった。
 幽霊? いやそんな実体があるのかないのかわからないものに出会ってもただ恐怖だけが残るだけでそんなのは遊園地のお化け屋敷で体験する感情となんら変わりはない。
 たけしが見たというスク水幼女のほうがそんな幽霊なんかより遙かに恐ろしいモノだってことは俺だって重々承知している。
 理解できない怖さより理解できる怖さの方が人間にはダメージが大きいのだ。
 まなぶだってきっとそうだったに違いない。あるはずないと思っていたモノが突然現れたのだ。
 幻覚では味わうことの出来ない感情の起伏。恐怖以上の何かをまなぶはきっと感じたに違いない。
 それを少しでも和らげてやるには俺が証明するしかないのだ。

「スク水幼女なんてモノがただの都市伝説だってことをな!」

 背中を伝う汗に嫌な感触を覚えつつも俺は恐怖を振り払うために叫んだ。
 すると、どこからともなくシュコーシュコーとまるで何かの穴を水が通り過ぎるような嫌な音が聞こえてきた。

「な、なんの音だ」

 もちろん振り返ったところで何もいない。
 それどころか、辺りをくまなく見渡してもそれらしき人影すら見えなかった。
 でも、その音は常に自分の耳の奥から響いてくるのだ。
 そう、それこそまるでスク水の排水機構から流れ出る水の音みたいに。

「く、くそ、なんて気持ちの悪い音だ。誰かのイタズラか? だとしたらタダじゃすまさねぇぞ」

 俺は必死に草をかき分けて音の鳴る物体を探した。
 あまりにも必死だったのでそこがプールの跡地だったことも忘れて俺はその段差に気付かず、足を滑らせてプールの中へと落ちてしまった。
 そこは本来なら大量の水が張られていて、こんな暑い夏の夜ならきっと涼しいこと間違いなしの場所だったが、あいにく今はただの荒れ地。もちろん水なんて張られてるわけもなく、ただの堅い地面に派手に尻餅をついたのだった。

「いってぇー、ちくしょお。なんで俺がこんなめに」

 立ち上がってみると、思ったより深かったのか、それとも暗闇と生い茂る雑草のせいでそう見えるのか、さっき転げ落ちてきた場所がやけに遠かった。
 これは下手するとここから上がるのさえ難しいかもしれないとそう思わせるには十分な高さだった。
 ひとまず、俺はプールの中を適当に歩き回り、どこか上に上がれそうな場所を探すも、どこも雑草のせいでつかみ所がなく、上に上がるには困難を極めていた。

「仕方ない。ここは癪だがアイツらに電話して助けてもらうか……」

 ポケットから携帯電話を取りだして、仲間の一人に電話をかけてみる。
 プルルルル、プルルルル、プルルルル。
 三回のコールのあと、受話可能の状態になった。
 俺はすかさず――

「おい? ちょっとヘマしちまって、身動きがとれねぇようになったんだが、オマエらのうちの誰でもイイからロープかなんか持ってこっちへ来てくれねぇか?」
「……」

 やけに長い沈黙。
 もしかして繋がっていないのか? ともう一度電話に向って話しかける。

「おい? 誰でもイイから、ロープか何かを……」
「シュコー」
「っ!?」
「シュコーシュコー」

 俺は慌てて携帯から手を離した。
 そういや、プールに落ちてからはあの嫌な音はしなくなったなと油断していたら、コレだ。
 一体どうなってやがる。俺はもう一度携帯のディスプレイを確認する。
 そこにはしっかりと仲間内の一人の番号が表示されていた。
 間違い電話でもなんでもないことは明らかだった。

「オマエらふざけてんならいい加減にしないと、俺も穏やかじゃいられねぇぞ」
「シュコーシュコー」

 そう、脅してみても矢張り聞こえるのはあの嫌な音。
 俺はその音をこれ以上聞くのに耐えきれなくなって電話を切った。
 これでここから脱出する算段を一つ失ったわけだ。

「さて、どうするか」

 ここに来てもう一度冷静さを取り戻すべく、俺は予備のチュッパチャップスに手をつけていた。
 袋を丁寧に破り、口にくわえる。ほどなくしてちゅぱちゅぱと心地よい音が口内から耳の奥を伝って響いてきた。

「あぁ、最高だ。この音、とろけちまいそうだ」

 軽くエレクチオンしたところで、もう一度プールの中を散策する。
 やはりどこからも自分で上がることは不可能なようだ。
 これは朝までここで助けを待つしかないのかと諦めかけたその時、何かキラリと光モノが目に飛び込んできた。

「ライトか! もしやここの管理者の見回りとかか? なんでもいい。これで助かった!」

 俺はその光があるほうへ向って全速力で走った。
 そして光が近づいてきた頃合いを見計らって俺は大声で叫んだ。

「おおーい! 助けてくれ-! ちょっと足をすべらしちまって、プールにおっこちまったんだ!」

 俺の声が届いたのか、光がまっすぐこっちに向って進んでくるのか分かった。
 これで助かる。ははは、やっぱ何にもいなかったじゃないか。
 まなぶのやつバカにしやがって、まぁアイツの幻覚症状は今に始まった事じゃないしな。
 これに懲りて、少しチュッパチャップスの本数を無理矢理減らしてやろう。
 うん、いい機会だ。俺がもう一度ヤツにキツく――

「大丈夫ですか、お兄ちゃん」
「あぁ、すまねぇたすかっ――ぎやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 そこには間違いなく、スク水を身にまとった幼女が俺を見下ろすようにして立っていた。
 そして、俺の意識はそこで途切れた――
 気付いたときには病院のベッドにいて、俺はその時にあったことをスッカリ忘れてしまっていた。
 これはあとから仲間に聞いた話なんだが、俺は水も何も張られていないプールの中でびしょ濡れになって倒れており、周りには何者かが食べ散らかしたと思われるチュッパチャップスの残骸が転がっていたという。
 俺はそれを聞いて背筋にゾォーっとするようなものを感じ、それ以上深く考えるのはやめることにした。
 それ以来、俺たちの中でその話題を口にする者はいなくなった。
 もしかしたら、また別の街で騒動を起こしているのかもしれない。
 
 そう、もしかしたら貴方の街にもスク水幼女が……。



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テーマ:ホラー・怪談 - ジャンル:小説・文学

絵描きのおじいさんとその孫 その2
 床や壁にこびり付いて消えることのないさまざまな色の絵の具。
 油絵の具や墨汁の匂いが染みついた空間。
 彼はそんな部屋の片隅で今日も一人で一心不乱に花瓶に生けられた一輪の名もなき花を描いていた。
 彼のキャンバスには儚くも美しく咲き誇る花が見事に描き出されていた。
 けれど、その絵は誰の目に止まることもなく一日と経たずしてこの世から消えてなくなってしまう。
 なぜなら、それは――

「もったいないでしょ。せっかく貴方が一所懸命に描いた絵なのに、破り捨てちゃうなんて」

 音も立てずに部屋に入ってきた一人の女性。細いフレームの眼鏡を指でクイっと持ち上げながらゆっくりと近づいてくる。
 突然の来訪者に驚いた彼は破りかけの絵をその手にしたまま呆然と立ち尽くしていた。
 やがて我に返った彼は再びその手でさきほどの名もなき花の絵を最後まで破り裂いてしまった。
 それを見て呆れたようにため息をつく女性。
 彼はなんだが、罰が悪くなってそのまま何も言わずに部屋から出て行こうとした。

「待ちなさい。自分で出したゴミは自分で片付けていきなさい」

 やや冷ややかな口調でその女性が言い放つ。
 彼は一瞬迷った後、言われたとおりに引き返し、自分で破り裂いた絵を綺麗にかき集めて部屋に設置されているゴミ箱へシューティングした。
 その時、彼の胸に今まで感じたことのない痛みがこみ上げてきた。その痛みの元が一体何なのか今の彼には理解できなかった。
 女性は胸をわずかに押さえる彼の仕草を見て満足したのか、小さく笑顔を零して部屋を出て行ってしまった。
 彼は再びその場に呆然と立ち尽くし、しばらくそのまま女性が出て行った部屋の出口とさきほど自分の絵を捨てたゴミ箱を交互に見つめるのだった。
 彼の胸の中に小さな痛みと小さな笑顔が残った。
 それは彼にとって初めての他人と共有する思い出だった。

 その日からというもの、彼が一人で花の絵を描いてると決まってあの眼鏡の女性が現れるのだった。
 その女性が彼の前に現れる時間は決まって夕暮れ時だった。
 鮮やかなオレンジ色の光が彼と女性を優しく包み込んで、まるでどこかの幻想の世界を思わせる雰囲気だった。
 最初は戸惑っていた彼だが、いつしかその女性を待ちわびるように今まで以上にたくさんの花の絵を描くようになった。彼が描いた花の絵は今では部屋中を埋め尽くすぐらいそこらかしこに溢れかえっている。
 それを見て女性は言った。

「綺麗なお花畑ね。絵に描かれた花なのにまるで本物の花のような素敵な香りと色遣いだわ。貴方、今までこんなにたくさんの花を描いて残したことはあるかしら?」

 その問いかけに彼は首を横に振った。今までは一つ完成するたびに何かが気に入らなくて破りすててしまっていた。誰に見せるわけでもないし、どこかに出展するわけでもない絵なのでそれでいいと思っていた。でも目の前の女性が現れてから彼は変った。初めて自分の絵に感情を抱いた。
 そう、自分以外の誰かがいて初めて抱ける感情。

「ぼ、僕はもっとたくさんの人に自分の絵をみてもらいたい」

 今まで誰にも言えなかった、自分の本当の気持ち。何枚描いても何十枚描いても何百枚描いても自信なんて生まれなかったのに。今も本当は自信なんてないけど、でも見てもらいたいと思った。
 その女性に言われて自分の絵をゴミ箱へ捨てるとき感じた気持ち。胸の中にいつまでも残った小さな痛み。それが彼を目覚めさせた。
 本当は誰かに見てもらいたかったのだと。見てもらえる相手がいないから自分の技術のなさのせいにして、描いては破り捨てていたのだと。
 それでも自分から誰かに積極的に絵を見せに行く勇気なんてなくて、もし仮に誰かに見せることができたとしても下手くそだって言われるのが怖くて。そんな弱い自分を必死で隠すように、彼は部屋に閉じこもるようになった。
 でもそれも今日で終わりを告げる。彼は花の絵でいっぱいになった部屋から足を前へ踏み出した。

 そして向かった先は――

「これでよし。そっちはどうかしら?」
「はい、ぜんぶ所定の位置に飾りました」
「うん、圧巻ね。一枚一枚の小さな花の絵が寄り集まって大きな一つの花の絵になる。
 よく頑張ったわ。
 枚数にしておよそ一千枚。これだけの花の絵をたった一人で最後まで仕上げるんだもの。見直したわ」
「そんなことありませんよ。本当は今までだってこれぐらい描いていたんです。でも今までは出来たらすぐに破り捨ててしまっていたから……」

 バシンと背中を叩かれて、彼はピンっと背筋を伸ばした。
 すると、彼の目に名もなき大きな花の絵が堂々とこちらを見下ろすように飛び込んできた。
 彼は笑った。女性も笑った。そしてもっと多くの笑顔が花咲くだろう。
 だって、彼の名もなき花は今咲いたばかりなのだから。

◆◆◆

「あれ? おじいちゃんが虹絵以外を描くなんて珍しいね」
「ば、ばかもん! ワ、ワシだってたまには普通の絵も描くんだからねっ!」
「……」
「ごほん、ん。これは紫陽花の花じゃ」
「見れば分るよ、それぐらい。なんで急に紫陽花なんて描く気になったの?」
「ワシの知り合いに花の絵を描くのが大好きなヤツがおってのぅ。
 急にそいつのことを思い出して、ワシも何か花の絵を描きたくなったんじゃ。
 そしたら庭先にちょうど紫陽花が咲いておったから、これ幸いとペンを走らせた次第じゃ」
「ふーん。そのおじいちゃんの知り合いって人は今も花の絵を描いたりしてるの?」
「残念ながらヤツの絵を見ることは二度とないだろうて。なんせヤツはもうここにはおらんからのぅ。
 見たこともない花の絵を描くのが上手なヤツだったわい……」
「ごめん、なんか変なこと聞いちゃったね」
「ば、ばかもん! 何を勘違いしておる。まさかそいつがおっちんだとか思ってるんじゃなかろうな!?」
「え? 違うの?」
「早とちりすぎじゃ! ヤツはまだまだピンピンしとるわ! 日本にもうはおらんと言うただけじゃ。今は花の都パリで第二の人生を送っておるわ」
「ま、紛らわしい言い方しないでよ。僕はてっきり……」
「まぁでも正もそういう気遣いが出来るような年になったってことか。ワシはちょっぴりうれしいぞ」
「べ、べつにそれぐらい人として当たり前のことだよ……」
「そんな正に良いことを教えてやろう。人と人との出会いは時として大きな財産となる」
「だから人付き合いは大切にしろってことでしょ? それぐらい分ってるよ僕にだって」
「あーもー、なんでお前はそう結論を急ぐんじゃ。まだワシは最後まで話しておらんだろう。
 そんなに慌ててどこへいくんじゃお前は」
「べ、べつにどこにも行かないけど、おじいちゃんの話は長くなりすぎてよく分らないときがあるんだよ」
「そうか、それはこちらの不手際じゃったな。
 では今日は手短に話そう。いいか良く聞くんじゃ正。
 さっき話したヤツも実は昔人付き合いがとても苦手なヤツじゃった。
 けれど、突然現れた一人の女性によって、ヤツは自らの殻をぶち破ったのじゃ」
「つまり童貞を捨てて、大人になったってことだね」
「まぁなんて破廉恥な! って違うわ! いやまぁ、そういうのが自信に繋がるときもなきにしもあらずじゃが、ワシが言いたいのそこじゃなくてだな。
 つまり人は自分以外の誰かに出会うことで運命を切り開いていけるとそう言いたかったのじゃ。正にはまだ実感できないだろうが、大人になるつれて分ってくるものじゃ。
 もしかしたら正も既にそういう自らの運命を変えるような出会いを果たしているかもしれないぞ」
「それならもうしてるよ、いっぱい」
「なんとっ!?」
「今日も新しい人と知り合ってこれから狩りに出かけるところなんだ。やっぱ大切だよね、出会いって!」
「狩り? これまた野性的な知り合いじゃのぅ」
「なに言ってるんだよ、おじいちゃん。ネトゲの話だよネ・ト・ゲ」
「なんとっ! またお前はそんなデジタルなものを!」
「おっと、そろそろ約束の時間だから狩りに行ってくるね。それじゃ!」
「ちょ、正、まっ――」
「……」
「まったく、正ときたらワシの話を一向に理解せん。
 ネットでは顔も声も仕草も分らないし、ましてや心なんてものはそう易々と伝わるもんじゃなかろうに。
 そんなもので出会いを経験するなど言語道断じゃ。ワシはデジタルなんぞ一切認めんからな!」

「おっ? このSAIってツールなかなか滑らかな線をひけるではないか。
 ふぉふぉふぉ、これはフォトショよりも使いやすいかもしれんぞ。よしライセンスを購入しておこう。ポチっと。
 ふぅ、クリック一つでお買い物。便利な世の中になったのぅ…………あれ?」

 おじいちゃんのパソコン画面にはSAIによって綺麗に彩色された紫陽花の花が表示されていたとさ。めでたしめでたし。



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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

絵描きのおじいさんとその孫
 むかしむかし、まだ動画も写真もなかった時代。
 エッチなことをスケッチしてそれを人に売って生活するというのを生業にしている絵師がおりました。
 その絵師は来る日も来る日もエッチなことをキャンバスに描き続け、いつの間にかエッチなこと以外描けなくなってしまいました。
 その事実にショックを受けた絵師は、初めて被写体である女性に触れてみたいと思うようになりました。
 今まではただ見るだけをそのまま描いてきた絵師にとって、実際に触って感触を確かめるなんて事は絵を描くことに比べたら大変つまらないことで時間の無駄だとさえ思っていたのです。
 そんな絵師が描くことに疲れ、初めて、絵ではなく被写体の女性を正面から見据えました。
 そこにはとても美しい、この世の者とは思えないほどの姿、形をした女性がいました。
 これまで、ただひたすら黙ってその絵師のためにエッチなことをし続けた女性は初めて自分を正面から見てくれた絵師に言いました。

「やっと本当の私を見てくれましたね。貴方が描いてきたこれまでの私は本当の私ではありません。
 それではいくら上手く描けてもいずれは描くことに限界を感じて挫折するだろうと薄々感じていました。
 ですが、ひたすら真剣にキャンバスに向かう貴方を見ていると、ただの被写体である私ごときがアドバイスしても聞き入れてくれるかどうか心配で、ともすればこの被写体の仕事を下ろされるのではないかと疑心暗鬼に陥り、不安と恐怖で黙っている他ありませんでした。
 そんな私を許してくれとは言いません。ですが、今貴方が見ている私は本当の私です。
 それを実感して頂く意味でもどうか私にお触れください。
 貴方の手で指で舌で鼻であらゆる感覚器を使ってこの私に触れてみてください。
 そうすればきっとまた大好きな絵を描き続けることができると思うのです。
 無礼を承知でお願いします。どうか私にお触れください。
 貴方が本当に描きたいものをもう一度その手につかみ取ってください」

 絵師はその女性の言葉に引き込まれるように、キャンバスから離れ、ゆっくりと女性が佇む場所へ歩き出しました。
 今まで感じることのなかった甘い匂いが絵師の鼻をくすぐります。
 それは女性に近づけば近づくほどより一層はっきりと感じられるようになりました。
 その時、絵師は思いました。今までの自分の絵には匂いも感触も何一つ存在しないではないか。それで本物の絵を描けたと言えるだろうか。
 自分が描きたかったのは匂いも感触も本物のように実感として見るものすべてに伝わるリアルな絵だ。
 これまではただエッチなことをそのまま何も考えずにキャンバスに写し出していただけにすぎない。
 自分が触れたこともないものをどうして人に伝えられるだろうか。
 そんなことも分らずに自分は調子に乗って嘘だらけの偽物の絵を世間に売り出し、それで儲けた金で生活していたのか。
 なんたる恥さらし。仮にも絵描きを名乗っている自分がそんな詐欺まがいなことをして恥ずかしくないのか。
 絵師の瞳からポロリと涙が零れました。

「さぁ、お手を」

 涙を流した絵師の目の前に女性は優しくそっと手を差し出しました。
 絵師はその手をしばらく見つめ、これまでの自分の行いを振り返って反省しました。
 自分がいかに被写体を疎かにしていたか痛感したのです。
 目の前の女性は自分がいつも絵に描いていた女性であるにも関わらず初めて出会ったような錯覚にさえ陥りました。
 そして、初めて見た本物の手は絵に描いた手よりも美しく、今すぐにでも触ってみたいと思わせるほどの魅力に溢れていました。
 それを理解したとき、絵師の目からはまた大粒の涙が流れ落ちました。
 女性はそれを見ても何も言わず、そんな絵師をただずっと優しい瞳で見守っていました。
 やがて決心した絵師はゆっくりと自分の手をその女性の手に重ねました。じんわりと温かい感触が胸の奥にまで届いてきました。

「あぁ、そうか。僕が描きたかったのはこれだったのか」

 それ以来、その絵師の描いた絵は今までのような単なる描き写しの絵ではなく、見るものすべてを圧倒させる正真正銘の裸婦画に成長しました。
 その絵師と女性はやがて結婚し、子を産み、最期の時まで幸せに裸婦画を描き続けましたとさ。めでたしめでたし。

◆◆◆

「おじいちゃん? これおじいちゃんのこと?」
「いいや。ワシはただの同人上がりのヒヨッコじゃい。
 この昔話に出てくるような人間はもうこの時代にはおらんだろうて。今じゃすっかりデジタルじゃ。フォトショがあれば何でも描ける時代じゃ」
「じゃあ、なんで僕にこんな話をするの?」
「それはな、正。お前が大きくなったとき、きっとこの世界に本物の世界と偽物の世界の区別がつかなくなるときが必ず来ると思ったからじゃ」
「本物と偽物?」
「そうじゃ、いいかい正。よくお聞き。もしお前が大きくなったとき、本物と偽物の区別がつかない世界になっていたら、どうやって本物を見つけ出せばいいと思う?」
「ググル!」
「……」
「違うの?」
「そうではない、正。今の昔話の一体何を聞いていたんじゃお前は」
「おっぱいを揉んだところまでかな」
「揉んでもおらんわ! そんな描写一切なかったわ! 触ったのは手じゃ! 手! わかる? ユーアーハンズ!」
「分るよ。手でしょ。だからおじいちゃんは何が言いたいの?」
「最近の子供は結論を急ぎすぎじゃ。まぁええわい。答えを言おう。本物と偽物を見分けるには自分で触れるしか方法がないんじゃ」
「そんなのいつも触れてるよネットとかで」
「バカもん!」
「ひぃ!」
「何のためにその手があるんじゃ。それはただの飾りか? 目に見えるものだけがすべてか? そうではないだろう正。
 何かに迷ったとき、何が本当で何が嘘か分らなくなったとき、触れるほうを信じるんじゃ。
 たとえそれが痛みを伴うものだったとしてもその手で触れられるものは必ずお前を本当の世界へ導いてくれるだろうて」
「難しくて僕にはよくわからないよ」
「そうか、まぁいずれ分るときが来るだろう。
 その時、今ワシが話したことを実感するだろうて。
 この絵師の昔話はそうやってワシの祖父の代その前の代、そのずっと前々の代から語り継がれてきた由緒正しき伝記なんじゃ。
 正も子供が出来たらぜひ子供に話してやっておくれ」
「おっけー! じゃあちょっとオンラインで遊びにいってくる!」
「……まったく、あやつはほんと分っておるんだろうか……ぶつぶつ。
 それにしてもこのフォトショは高性能じゃのぅ。こりゃあメモリも増設せなあかんのぅ」

 おじいちゃんのパソコン画面には二次元の女の子の裸婦画が数百枚ほど晒されていたとさ。めでたしめでたし。



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