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生きてるうちに言いたいことを言っておく
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シュワキマセリ
 キリストが降臨した。俺の体に。
 と言っても、そんなこと誰も信じるはずがない。
 でも現在進行形で俺の中にはキリストと名乗る人格が存在した。
「いい加減、俺の中から出ていってくれないか?」
『出ていく? 私と君は一心同体。出ていくということはすなわち君も肉体を捨てるというのか』
 なぜそうなる。
 俺は駅前の綺麗に飾り付けされたクリスマスツリーの下で一人頭を抱えた。
 頭の中で自分とは違う声が聞こえるというだけでも厄介な問題なのに、俺の体は今こいつのせいでとんでもないことになっている。
「キリストだかなんだか知らないけど、はやく俺の体を元に戻してくれ」
 今日は俺にとってとても大事な日だった。奇跡的に彼女が出来て、さらにデートの約束まで取り付けた。あとすることといえば、ラブホで彼女とセックスするのみ。
 だがこの体のままでは……。 
『ほう。奇跡を信じるか。君は実に信心深いクリスチャンだな』
 また人の心を勝手に読んだみたいだ。実に悪趣味。プライベートもくそもない。
「はぁ……」
 俺はため息をついて、その場にしゃがみこんだ。
 そして、こうなってしまった経緯を軽く思い出す。
 何を言っても、聞き入れないこのおっさん(仮)は昨日の夕方近く突然降臨した。

 それは俺がやっとのことで彼女とのクリスマスデートの約束を取り付けた日のことだった。
 浮かれていた俺は、家に帰ってさっそくオナニーの準備にとりかかった。来る実践に備え、俺の息子もはち切れんばかりの様相を呈していた。
 ここで我慢するのも男だが、あえて発散し、来るべき日に備えて訓練するのもまた男だと思い、息子を取り出した俺は軽く左手をソレに添えた。
 そして光りだす息子。意味もわからずただ呆ける俺。
 数瞬後、俺は下半身丸出しの姿で仰向けに倒れていた。
「なんだ今のは……」
 俺は頭を抱えつつ、起き上がるとまず己の下半身の無事を確認し……
「なんじゃこりゃあああああああああああ!」
 息子が消えていた。キレイサッパリ俺の股間から息子という物体(玉周辺含む)だけが消失していた。
 代わりにあるのはまっ平らな大地。もしかしたら割れ目と呼ばれるソレがそこに鎮座し、俺は軽くその大地に触れてみる。
「んぁ!」
 変な声が出た。これはまさか……
『神よ。来るべき日がやってきた。私は再びこの地に復活し、諸君らの救済を――ん?』
「ん?」
 なんだ今のは。頭の奥から響いてくる。
『はて。私はどこに』
「うわあああああああああ。頭の中から変な声が聞こえるうううううううう!」
 訳がわからなくなって、俺は部屋の中をむちゃくちゃに走りまわった。もちろん下半身は丸出しだ。
 およそ五分ぐらい走りまわって、息切れと同時にその場にへたり込んだ。
『あぁ父よ。私にこのような試練をお与えなさるとは……』
「うおおおい……おおお、お前、誰だよ」
 錯乱していたのかもしれない。気づいたら、自分の中から聞こえる声に語りかけていた。
『ほう。人の子よ。私の声が聞こえるか。なら話は早い。私とともにある場所に行って欲しい。君はどうやら私の依代として選ばれた聖なる子らしい』
「俺はお前に誰だって聞いたんだよ! まず名乗れよ!」
 俺の気持ちをまるで無視しして話を進めていくその声に堪忍袋の緒が切れた。
 傍から見たらただのひとりごとなのかもしれない。それでも俺は怒鳴らずにはおれなかった。
『ふむ。申し訳ない。私の名はキリスト。イエス・キリストだ』
 キリスト? 何言ってんだ。まるで意味が分からない。なんでキリストが俺の中に。っていうかそもそもキリストって何した人だっけ。
「キリストだか何だか、知らないが、早いところ俺から出て行ってくれないか。というかまさか俺の息子が消えたこととあんたが俺の中に現れたことは関係してるのか?」
『息子? はて……私は息子を生んだ記憶はないが……まさか、父が母を処女のまま孕ませたように、私も気づかぬうちに誰かを孕ませていたというのだろうか、だとしたら素晴らしい。私はまた一歩神に近づいたということか』
「…………」
 なんだ……何を言ってるんだこのおっさんは……やべぇ……まじでやべぇよ。
 得体のしれない恐怖が体中を包み込むのがわかった。
 せっかく彼女とデートの約束を取り付けたのに、こいつがいちゃ厄介だ。一刻もはやく俺の中から追い出さなくてはいけない。
 俺の思考はその一点に見事に集約された。
 咄嗟の判断としてはとても優秀だろう。
 このまま錯乱して両親とかにバレたら病院送りとかにされかねない。
 それだけは絶対に阻止せねばならない。
 なぜなら、明日はクリスマス。そして、俺の初デートの日だ。クリスマスにカップルがセックスをする確率は七〇%以上(俺調べ)
 ここ日本において、もはやクリスマスといえばセックスの代名詞でさえあると言っても過言ではない。
 これまで幾度と無く失敗に次ぐ失敗を重ね、やっとの思いでつかんだこのチャンスを、突然現れた謎のおっさんに潰されてたまるか。
 何しろ俺は童貞だ。今年こそ童貞を卒業する最大のチャンスなんだ。
 このビッグチャンス。たとえどんな邪魔が入ろうと俺は決して屈しない。
 そう決心すると、何だかやれるような気がしてきた。
「よぉーし! セックスするぞー!」
 人間、明確な目標が出来ると、前向きになれるようだ。
『あーすまない。さっき息子がどうとか言っていたが、アレか? ペニスのことか。いやぁーうっかりしていた。私が依代とする体は基本的に性交ができないよう父の計らいで作り変えられるのだ。……かくいう私も童貞でね』
「な……ん……だ……と」
 何を言っている。いやたしかに先ほど自分で確かめたじゃないか。
 そうだ。男が女とセックスするには息子、いやもうそんな曖昧な表現はよそう。そう、ちんこが必要だ。なのに今の俺にはちんこがない。
 しまった。こんな単純な問題を見落としていたとは……
『だからまぁなんだ……私の目的が達成されるまで君にセックスは不可能だってことだ。本当にすまない。でも君とならこの試練も乗り越えられそうだ。一緒に頑張ろう!』
「ふざけんなぁあああああああああああああああああああああああああああ!」

 そんなことがあって、現在に至る。
 俺のちんこを取り戻すには、キリストの目的を達成しなくてはならない。
「で? 俺はどうすればいい? そういや、どっか行きたいところがあるんだったか……」
 彼女との待ち合わせの時間まであと五時間ちょっと。とにかく、なんとかしてキリストを俺の中から追い出さなければ、俺のちんこは戻ってこない。
 イコールセックスできないという現実が俺に押し寄せる。
 想像してみてほしい。いい雰囲気で彼女とデートして、夜も更けてきたら、二人恥ずかしそうに肩を寄せ合いながら、ラブホテル街へ。
 そして、二人で決めた部屋で、しっぽりとムードを高めたあと、いざ服を脱ぐと、俺にはちんこがない。
 それをみた彼女はどう思うだろう。
 三つのパターンを考えてみた。
 一つ、「女の子だったの! 私を騙したのね!」と言われフラれる。
 二つ、「なにこれ! どういうことか説明して!」と言われフラれる。
 三つ、「きゃはははは! きもーい! さいてー」と言われフラれる。
「駄目だ! 結局フラれるという結論しかない!」
 さきほどからクリスマスツリーの下で奇妙な動きをする俺に訝しげな視線が刺さる。
 改めて周りを見渡すと、いつの間にか結構な人がこのクリスマスツリーの下に集まってきていた。
 きっとつがいとの待ち合わせなんだろう。俺も本当ならその一人になって今頃わくわくそわそわ彼女を待っていたんだろうが……。
『むっ……なんだこの気配……まずいぞ。悪魔の気配がする』
「はいはい。そんなのはいいからはやくお前の目的地を教えろって……」
 ほんとにこのキリストって奴は一体何を考えてるのか。
 向こうは俺の心を読めるのに、こっちはまったく相手の考えてることが読めない。これほど不公平かつ理不尽なことがあってたまるか。
 神がどうとか父がどうとか知ったこっちゃねぇ。はやく俺を元に――
 視線を上げると、そこにミニスカサンタのコスをした綺麗なお姉さんがいた。なぜかしっぽも生えてる。かわいいオプションだ。
「くっそー。しくった。我が迷子になってしまうとは……はやく翔太のところに戻らねば……また我が馬鹿にされてしまう……」
 なんだか焦った様子で、辺りをキョロキョロ見渡してるそのお姉さんに、俺は話しかけてみようと近づいてみる。
『やめるんだ君。そやつに近づいてはいけない。あの者はおそらくこの下界の者ではない。悪魔と呼ばれる類の存在……しかもかなり強力な悪魔だ……』
 おいおい今度は中二病発症かよこのおっさん。いい加減にしてくれよ。どうみてもただのコスプレだろう。
 でもここからいきなりキリストVS悪魔なんて超展開になったらそれはそれでたしかに洒落にならないな。
 俺は渋々、おっさんの指示に従う事にした。すると、すぐ彼女の前に小さな王子様が現れた。
「サンタのおねぇーちゃーん! もう探したよ……どこいってたの?」
「翔太っ! 何度も言っているが、我はサンタではなくサタンだと……」
「いいから。はやく行こ! ケーキなくなっちゃうよぉ!」
「あ……あぁ……分かったよ……もぅ」
 そうして、そのサンタコスお姉さんと小さな王子様は商店街の方へ消えていった。
 まぁ目の保養にはなったな。あの乳と尻はなかなか拝めるものではない。
『消えたか……』
「で? 俺はどこへ行けばいいんだ?」
 話を元に戻す。キリストがいう目的地とは一体どこなのか、それをさっさと聞き出して、こいつとはおさらばしたい。
『そうであったな。とりあえずゴルゴタの丘に向かってくれ。私はそこでもう一度復活の儀式を行う』
「ゴルゴタの丘ね。了解」
 俺はポケットからスマホを取り出して、ゴルゴタの丘を検索する。このへんにそういう名前の丘があったかなと思いながら、ちまちま検索してたら、そんな丘はこの近くにはおろか、日本にすら存在しないことに驚愕した。
「おい。おっさん。そんな丘。ここにはないらしいぞ」
 俺は恐る恐るキリストに確認してみる。
『な……ん……だ……と』
 昨日の俺とまったく同じ反応。
 まさかこのおっさんも俺と一緒で、突然の異常事態に困っているのではないか。
 昨日はあまりのことに自分のことしか考えてなかったが、こうして冷静になってみると、本当に大変なのはキリストのおっさんのほうではないのか。
『どういうことだ。そんなはずは……父は一体私に何をしろとおっしゃっているのか……』
「…………」
 俺が思っている以上に困惑している様子だ。よく考えれば分かることだった。俺からしてみれば、ただ自分の中から別の声が聞こえるだけで、他に支障はないが、キリストにしてみれば、自由に動かせる体はなく、ここがどこで、何があるのかさえまったく感知できないのではないか。
 そう考えると、背筋がぞっとした。
『いやすまない。取り乱してしまった。君が不安に思うことはない。そもそも私がしっかりとしなければいけなかったのだ。試練とは本来そういうもの。何が起こっても不思議はないのだ』
「キリスト……」
 また俺の心を読んだのか。でもこいつは自分より俺の心配を……。
 自分のほうがよっぽど異常な状況であるにも関わらず、俺のことを……。
「よっしゃ。ゴルゴタの丘はないかもしれないが、おっさんにとっては居心地の良い場所がある。とりあえずそこに行ってみよう。もしかしたらそこで何か情報が手に入るかもしれない」
『君……』
「そうなると善は急げだ。さぁ出発!」
 俺は意気揚々と教会を目指した。キリストといえば、教会。単純な発想だが、きっとそこに何かヒントがあるかもしれない。

 この街でもひときわ大きな教会の門の前に立つと、その荘厳さに若干気圧されてしまった。
 門の前で一人立ち尽くしていると、教会の神父さんらしき人がこちらに向かって歩いてくるのが分かった。
「主の導きによって、来られたのですね。どうぞ。中へ。今からちょうど聖歌も歌われます」
「は、はぁ……」
 普段なら近づくことすらおろか、そんな勧誘がきたら颯爽と逃げ出すかする俺だったが、これもキリストのためと思い、神父に促されるまま、教会の門をくぐった。
 門をくぐった瞬間、真っ白な衣装に身を包んで、一生懸命に歌う子供たちの姿が目に飛び込んできた。
 周りをよくみるとその親と思わしき人たちが、礼拝堂の長椅子に綺麗に並んで座っている。
 普段あまり見ることのないその光景に戸惑いつつも、俺は自分の中にいるキリストの存在を意識する。
『…………』
 言葉は発しなかったが、息を飲むのが分かった。
 どうやらそれなりに喜んでもらえてるようだ。これで何かの解決になればいいが、と俺は適当な椅子に腰掛けて、聖歌が終わるまで静かに座っていた。
 しばらくして、人がまばらになった頃、俺はさきほど案内してくれた、神父さんの元へ駆け寄った。
「あ、あの、少しお聞きしたいことがあるんですが……」
「何でしょう。何でも聞いてください。今日は主の聖誕祭。迷える子たちを導くのは我々の使命でもあります。主はいつも私達をみているのです」
「は……はぁ……」
 さすがにその主ってやつが自分の中にいるよなんて言えるわけもなく、俺は無難にゴルゴタの丘について聞いてみた。
「残念ながらゴルゴタの丘というのは、はっきりとした場所が分かっていないんです。それらしき場所ならばいくつも存在するのですが。果たしてその場所が本当にゴルゴタの丘であるのかまでは現状分かっていません」
「そうですか……」
 最近のネットの検索は優秀だ。やはりゴルゴタの丘なんて存在しないのだろうか。
 ぬか喜びさせてしまったなと、俺はキリストに対して軽く罪悪感みたいなものを感じた。
『何。そのことならもういい。私をこんな素晴らしいところに連れてきてもらったのだ。どうやら君はあまり神を信じていないようだが、それでも私のためにここに来てくれたというだけでも、私にとっては素晴らしきこと。本当にありがとう。やはり君に降臨したのは運命だったのかもしれない』
 そう言ってキリストはしばらく俺と一緒に教会の中を歩きまわった。
 ほどなくして、俺と彼女の待ち合わせ時間が迫り、俺は徐に教会を出ようとする。
『すまない。本当なら君とはここで別れて、体を元に戻してあげたいのだが、どうやら私の試練はまだ達成されていないようだ』
「気にするなよ。もういいよ。今日はセックスは諦めよう」
『ありがとう。君に出会えてよかった』
 キリストがそんなことを言う。
 俺は恥ずかしくなって、聞こえてないフリをしてしまった。
 教会の厳かな雰囲気に飲まれたのかもしれない。今の俺ならどんな誘惑にも打ち勝てる気がする。
 俺は意気揚々と教会の門を飛び出した。

「俺とセックスしてくれ! たのむ!」
「無理よ! 死んでしまうわ!」
 教会の前で言い争う男女。どうやら何か揉めてるようだが、その会話は果てしなく俗世のしがらみに囚われていた。
 煩悩を振り捨てた俺にのしかかる、性なる言葉。
「セックスしなくても俺は死ぬ! だから君とセックスして死ねるなら本望だ!」
「私はもう誰も失いたくない!」
 どうしてセックスごときで生死の問題が浮上するのか。それとも何か精子とかけたギャグなのか。
『あの者たちは何を揉めているのだ』
「さぁ……セックスしたら死ぬとか死なないとか……」
『ふむ。たしかにセックスは人間にとって最も罪深いものかもしれない』
 キリストがまた良い感じに誤解してるので、俺はそのまま足早にその場をあとにした。
 これ以上厄介ごとには巻き込まれたくない。

 何の収穫もなく、駅前まで戻ってくるとさっきよりも明らかに人が増えて、もはや何が何やら状態である。
 みんな浮かれ気分を隠そうとすらせず、これから始まるであろう夜の楽しみに向けて、熱気がむんむんだ。
 気温はどんどん下がっているというに彼らの体温はぐんぐん上昇していた。
「あ、いたいた。もう探したじゃない」
 見知った顔が俺の前にとことこと駆け寄ってくる。彼女だ。
「ご、ごめん。ちょっと知らない人に道を聞かれて案内してたんだ」
 俺は咄嗟に嘘をつく。まぁそれ以上に後ろめたいことがあるにはあるんだけども、そんなこと言っても信じてもらえるかどうか怪しいし、ここは黙っておこう。
「へぇーすごいじゃん。クリスマスだからみんな浮かれてるのに、あんたは人助けね。やっぱ私の彼氏はいい男ね」
 ふふんと胸を揺らす彼女。俺はそのふくよかなバストを揉みしだきたい衝動に駆られたがグッと我慢する。
「よ、よし。まずはどっか食べにいこうか」
「賛成ー! おいしいもの食べたいね」
 彼女が俺の右腕に自然と腕を絡めてくる。こんな経験ができるなんて、やはりクリスマスは最高だ。
 俺のテンションは否が応でも上がっていった。
 食事が終わると、近くの商店街でやってるイルミネーションを見て、そのあとはまた軽くオシャレなカフェで一息をつき、再び商店街で彼女とクリスマスプレゼントをお互いに買いあったりした。
 幸せな時間はあっとう言う間に過ぎ去っていった。
 その間、俺の中のキリストは始終無言だったが、どうやら気を使ってるらしいことは小さな息遣いから感じ取れた。
 俺は彼女とキリストの板ばさみ状態でどちらを優先すべきが悩んでいた。
「どうしたの? ちょくちょく上の空になってるみたいだけど?」
「え! そ、そうかな。あんまりに幸せすぎてぼーっとしてたのかな。あははは」
 まずい。彼女が俺のことを怪しんでいる。
 そんなに俺は上の空だったのか。いやでもこれは仕方ないことで。本来二人きりのデートのはずが、事実上三人でデートしているようなものだ。
 一人は俺にしか感じられていないから、彼女が俺のおかしな雰囲気に気づくのも時間の問題だった。
 それにいつの間にか、俺と彼女は人影がまばらなラブホ街へと足を運んでいる。
 これはまさか――
「ね………………しよ?」
 彼女が下からすくい上げるような上目遣いで言った。俺の腕にもさりげなくおっぱいを押し付けている。蒸気した頬に、股を摺り寄せてこれでもかというほどセックスアピールをしてくる。
 これを断れる男子なんているわけがない。だが俺は――。
「あ………そうだ! まだ案内してない店があったよ。オススメの店! よし、まずそこへ案内しよう! 俺のおごりだから! ね? いいでしょ?」
「…………」
 彼女の腕が俺からそっと離れる。
「やっぱり……」
「え?」
 俺はその時、力づくでも彼女を引き止めておけばよかったんだ――
「私とは遊びだったのね! もう知らない! さよなら!」
「ちょ――!」
 突然の彼女の豹変ぶりに俺は慌てて彼女の後を追う。
 それに気づいて振り向いた彼女は、そのまま足早に走りだした。
 俺もそれに合わせてスピードを上げる。彼女は何度もこちらを振り向きながら逃げる。

 俺は――どうして――

 けたたましいブレーキ音。
 クラクションの音が聞こえたのはそれからすぐだった。
 目前にいた彼女の姿が消える。
 一瞬何が起こったのか理解できない。
 でも俺には分かっていた。彼女が最後に振り向いたとき、俺に手を伸ばそうとしていたことだけは。
 だからどうして――

 それからどうしたのか自分でもわからない。
 気づいたら病院にいて、彼女の親にこっぴどく叱られ、二度と彼女と会うなと言われた。
 医者の先生と思わしき人が俺に一言、「残念ながら――」と言っていたのを耳にしたが、俺には何のことかさっぱりわからない。

 クリスマス。聖なる夜。キリストの誕生日。

 浮かれている人間が増える日。幸せがまるでバーゲンセールのように飛び交う日。そんなときでも人の営みの中では必ず不幸が起こる。
 誰かの不幸の上に自分の幸せが成り立っているのだとしたら、自分は本当に何も分かっていなかった。
 わかろうとすらしていなかった。
 だから――涙が出てくるまでに丸一日という時間を要してしまったし、それを後悔したところで今更遅いということにまた後悔した。
 それでもクリスマスが終われば、何事もなかったかのように人々は次のイベントに向けて動き始める。
 テレビではたった数秒の小さなニュースが流れて、他の大きなニュースの波に飲み込まれていった。
 よくあることだ。この世で主役だと思ってるのは自分だけではない。誰もが自分だけが幸せだったり不幸だったり感じているかもしれないが、そんなのは地球全体からみれば、あまりにも小さなこと。
 日々の顛末に流されて結局は忘却の彼方へと葬り去られる。

 何が奇跡だ。何が祭りだ。俺はもう二度とクリスマスなんか祝うもんか。

 いつの間にか、俺の体は元に戻っていた。まるであれは幻だったとでも言うかのように。
「ははは。病気。病気だよ俺。だから俺が殺したんだ。彼女を。キリスト? そんなのいるわけないだろ。何調子に乗ってたんだ俺。何がキリストもかわいそうだよ。馬鹿か。そんなに自分は特別な人間だって思いたかったか。あぁそうだよ。俺は今までも、そしてこれからも一生童貞の罪人として生きていくんだ。こんな俺に神が微笑むはずなんかない」
 俺は泥のように眠った。

 それでも朝はやってくる。目を覚ましたのは翌日の昼ごろだった。もうあれから何日経っているのかさえ把握していない。
 生きるのもめんどくさいが、死ぬのもめんどくさかった。
 だからただ、ひたすら家の中で引きこもって、何もしない日々が続いた。
 それでも腹は減るから、何かしら食っていたような気がするが、それももうめんどくさくなってきた。
 食材も底を尽きたし、そろそろ自分も潮時かなと、そう思った時、携帯が鳴った。
「もしもし……」
 つい癖で電話に出てしまう。ここ数日電話すら鳴らなかったので、もしかしたら無意識に誰かの声を求めていたのかもしれない。
「……………」
 しかし、電話をかけてきた相手は一向にしゃべろうとしない。息遣いだけは聞こえるから、イタズラ電話か何かかと電話を切ろうとしたが、その息遣いに言い知れぬ既視感があった。
 知っている。俺は電話の相手を知っている。
 俺はそのまま通話を続けた。何をしゃべったのか覚えていない。でも俺が向かうべき場所だけははっきりと分かった。
 あの教会だ。彼女と待ち合わせする前に訪れたあの教会。あそこに呼ばれている。そんな気がした。

「はぁはぁはぁ……」
 俺は教会の門の前にたどり着くと、その場にへたり込んでしまった。
 どうやらがむしゃらに全力疾走してきたようだ。シャツは汗でベタつき、腕や足がしびれるように痛い。
 こんなに何かに必死になったのはいつ以来だろうか。なぜか自然と笑みが零れた。
「おや? 君はこの前の……また来てくれたのですか。どうぞ。ここでは何ですから中へ」
 あの時の神父さんだ。俺は神父さんの肩を借りるようにして教会の門をくぐった。
 この前と違うのは閑散とした礼拝堂。神父さんと俺以外、誰も人がいない。いや、一人だけ何かを一心不乱に祈るようにキリストの肖像の前に屈んでいた。
 シスター? のような格好をしている。いや実際にシスターなのだろう。
 とにかく俺はいまだにぴくぴくと痙攣する体を落ち着かせるため、長椅子に横になった。
 行儀が悪かったかもしれない。でも神父さんは何も言わず、そっと離れていった。
 おそらく仕事があるのだろう。俺も少し休んだら邪魔しないように帰ろう。

 そばに気配を感じたのはそれからすぐだった。
「うわっ!」
 いつ間に眠ってしまっていたのか。俺が目を開けると、唇と唇が触れ合うかのような距離で女性の顔が迫っていた。
「…………」
 慌てて起き上がると、彼女もそっと顔を引いてしまった。少しもったいないなと感じてしまう。
「え」
 だが次の瞬間、思いもかけない事実に俺は遭遇する。
「…………」
 その彼女は、俺の知ってる――彼女だった。
「おい! 生きてたのか! どうして連絡くれなかった! あ、いやそうか俺のせいであんなことになったから、いやでも生きているなら連絡してほしかった! 俺はお前の親にもう二度と来るなって言われたから確認にいけなかったんだ。でそのすぐあとお前が死んだって知らされて、俺は――」
 彼女の細い両腕を力いっぱい握りしめて、俺はまくし立てていた。
 はっとして、俺はすぐ自分の過ちに気づく、どうして俺は自分のことばかり。
 あの時も――今も、まるで成長していない。
 だから神は俺を見放したというのか。
 俺の頬から自然と流れ落ちる雫を彼女は無言でそっと拭う。
 俺は彼女の胸に飛び込んで一頻り泣いた。
「ありがとう。ごめん。でももういくよ。君が生きてるってわかっただけでも俺はここにきてよかった。シスターやってるんだね。最初君だって気づかなかったよ。あんなに派手な格好だったのに、今はこんなに質素になって……でも似合ってるね」
 それだけ言うと、俺はそっと席を立つ。
 彼女が何か言いたそうな視線で俺を見つめ返す。俺はただただ彼女に懺悔するしかない。
 俺は罪を背負った。彼女が生きていたから良かったでは済まされない。俺は過ちを犯したのだ。
 あの時彼女に嫌われてでもすべてを話すべきだった。心の中で思ってることは口にしなければ伝わらない。それは人間であるかぎり仕方のないことだ。
 どんなに言葉を重ねても誤解やすれ違いは起こるかもしれない。
 だからって口をつぐんでいたら、結局本当に伝えたかったことは何もわからないのだ。
 それはきっとあの人が教えてくれた。
 あの人の声が俺の中で残響する。

『神よ、来るべき日がやってきた』
『君とならこの試練も乗り越えられそうだ。一緒に頑張ろう!
『まずいぞ、悪魔の気配がする』
『試練とは本来そういうもの。何が起こっても不思議ではないのだ』
『ありがとう。君に出会えてよかった』

 たった二日間だったけど、あれは本当に幻だったのだろうか。
 俺の中にいたキリストは本物だったのか偽物だったのか。今になってそんなことを思うなんて俺もどうかしているのかもしれない。

「…………私だ」
 ぎょっとして振り返る。聞き覚えがある声。
 だが、振り向いた先には彼女しかいない。何やら恥ずかしそうに俯いている。
 空耳か、俺は再び踵をかえし、門に向かって一歩踏み出した。
「すまないと思っている。君にも彼女にも」
「え」
 また声。今度はさっきよりはっきりと聞こえた。
 俺は辺りをきょろきょろと見回す。まさか俺の中にまたあいつが――
「どこをみている。ここだ。ここ」
「…………え」
 嘘だろおい。そんな――
「命をつなぎ止めるのに時間がかかった。本当ならもっとはやく君に連絡するべきだったのだが、致し方あるまい。あの時の私の力ではこの程度の奇跡しか起こせなかったのだ。許して欲しい」
 彼女がまっすぐに俺を見つめて言った。
「ど、どういうことだ。おいまさか――」
 もう答えは出ていた。
「あぁ。君の想像どおりだ。私は彼女の中に入った。そして今こうして君の前に再び降臨した。これがあの時、私にできた精一杯のきっ――」
「こ、この野郎! 心配したんだぞー!」
 俺は力いっぱい彼女を抱きしめた。教会のど真ん中で。

 それからはまた苦難の日々が始まった。

 ここに少しだけ、事の顛末を記しておこう。
 彼女の中にいたのは紛れも無くキリストで、キリストいわく――
 「彼女の精神はまだ深く眠っている。このままではいずれ昇天してしまいかねない」と。
 キリストが中に入る事で命をつなぎとめたということらしい。
 だから厳密にはまだ彼女の意識は眠ったままということになる。
 俺が出会ったのは彼女の体に入り込んだキリストだったわけだ。なのに俺はあんなこっ恥ずかしいことを。
 で、彼女を元に戻すには、さらに今以上の奇跡の力いるとかなんとかいって、そのエネルギーがもっとも回復するのが十二月二十五日。
 そうクリスマスだ。一年。ほぼ丸一年かかるということに軽く絶望した俺だが、それも試練だと思うことで、俺は再びキリストと一緒にこの試練に立ち向かうことを決心した。
 最初の試練はあまりにもハードだった。
 中身がキリストとはいえ、彼女は彼女。俺の彼女であるから、普段は俺の彼女として振る舞うわけだけど、それがあまりにも様になっているというか。
 下手したら前の彼女よりもおしとやかで繊細でこちらのことを気遣ってくれるので、勘違いして襲ってしまうことがたびたびあった。
 その度に、彼女の下半身に生えたアレが俺を現実に呼び戻す。
 そう彼女にはちんこが生えていた。キリストいわく――
 「父の計らいで、性交は不可能にっ――」と。これまたどこかで聞いたような台詞を言われて、がくっとうなだれる。
 このまま一年、俺はずっと童貞のままということだ。
 あまりにも惨め姿を晒した俺に、キリストが何を血迷ったのか――「どうやらこの国の文化で男同士でも性交できるというしきたりがあるらしい。それをしてみるか?」などと言い出す始末。
 そんな偏った知識をどこで仕入れてくるのか、不安に思いながらも、俺は自分の処女と童貞を守り続けることを神に固く誓った。

 世の中に不思議なことなんて一切起こらない。

 ありがたいキリストの言葉は俺にだけ届く。別にクリスチャンになったわけでも本当に神様がいるなんてことも思ってはいない。
 が、もしかしたらそんな奇跡は身近にいくらでも転がってるのかもしれないなと思うぐらいには、俺もキリストという存在に惹かれているのだろう。
 まずは彼女の復活。言い方はあれだけど、これは俺が背負った罪でもあるので、とりあえずできることはやろう。

 そう主に誓った。

 主はすぐそこまで来ていた。

 おわり。
 
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テーマ:短編小説 - ジャンル:小説・文学

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