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絵描きのおじいさんとその孫 その2
 床や壁にこびり付いて消えることのないさまざまな色の絵の具。
 油絵の具や墨汁の匂いが染みついた空間。
 彼はそんな部屋の片隅で今日も一人で一心不乱に花瓶に生けられた一輪の名もなき花を描いていた。
 彼のキャンバスには儚くも美しく咲き誇る花が見事に描き出されていた。
 けれど、その絵は誰の目に止まることもなく一日と経たずしてこの世から消えてなくなってしまう。
 なぜなら、それは――

「もったいないでしょ。せっかく貴方が一所懸命に描いた絵なのに、破り捨てちゃうなんて」

 音も立てずに部屋に入ってきた一人の女性。細いフレームの眼鏡を指でクイっと持ち上げながらゆっくりと近づいてくる。
 突然の来訪者に驚いた彼は破りかけの絵をその手にしたまま呆然と立ち尽くしていた。
 やがて我に返った彼は再びその手でさきほどの名もなき花の絵を最後まで破り裂いてしまった。
 それを見て呆れたようにため息をつく女性。
 彼はなんだが、罰が悪くなってそのまま何も言わずに部屋から出て行こうとした。

「待ちなさい。自分で出したゴミは自分で片付けていきなさい」

 やや冷ややかな口調でその女性が言い放つ。
 彼は一瞬迷った後、言われたとおりに引き返し、自分で破り裂いた絵を綺麗にかき集めて部屋に設置されているゴミ箱へシューティングした。
 その時、彼の胸に今まで感じたことのない痛みがこみ上げてきた。その痛みの元が一体何なのか今の彼には理解できなかった。
 女性は胸をわずかに押さえる彼の仕草を見て満足したのか、小さく笑顔を零して部屋を出て行ってしまった。
 彼は再びその場に呆然と立ち尽くし、しばらくそのまま女性が出て行った部屋の出口とさきほど自分の絵を捨てたゴミ箱を交互に見つめるのだった。
 彼の胸の中に小さな痛みと小さな笑顔が残った。
 それは彼にとって初めての他人と共有する思い出だった。

 その日からというもの、彼が一人で花の絵を描いてると決まってあの眼鏡の女性が現れるのだった。
 その女性が彼の前に現れる時間は決まって夕暮れ時だった。
 鮮やかなオレンジ色の光が彼と女性を優しく包み込んで、まるでどこかの幻想の世界を思わせる雰囲気だった。
 最初は戸惑っていた彼だが、いつしかその女性を待ちわびるように今まで以上にたくさんの花の絵を描くようになった。彼が描いた花の絵は今では部屋中を埋め尽くすぐらいそこらかしこに溢れかえっている。
 それを見て女性は言った。

「綺麗なお花畑ね。絵に描かれた花なのにまるで本物の花のような素敵な香りと色遣いだわ。貴方、今までこんなにたくさんの花を描いて残したことはあるかしら?」

 その問いかけに彼は首を横に振った。今までは一つ完成するたびに何かが気に入らなくて破りすててしまっていた。誰に見せるわけでもないし、どこかに出展するわけでもない絵なのでそれでいいと思っていた。でも目の前の女性が現れてから彼は変った。初めて自分の絵に感情を抱いた。
 そう、自分以外の誰かがいて初めて抱ける感情。

「ぼ、僕はもっとたくさんの人に自分の絵をみてもらいたい」

 今まで誰にも言えなかった、自分の本当の気持ち。何枚描いても何十枚描いても何百枚描いても自信なんて生まれなかったのに。今も本当は自信なんてないけど、でも見てもらいたいと思った。
 その女性に言われて自分の絵をゴミ箱へ捨てるとき感じた気持ち。胸の中にいつまでも残った小さな痛み。それが彼を目覚めさせた。
 本当は誰かに見てもらいたかったのだと。見てもらえる相手がいないから自分の技術のなさのせいにして、描いては破り捨てていたのだと。
 それでも自分から誰かに積極的に絵を見せに行く勇気なんてなくて、もし仮に誰かに見せることができたとしても下手くそだって言われるのが怖くて。そんな弱い自分を必死で隠すように、彼は部屋に閉じこもるようになった。
 でもそれも今日で終わりを告げる。彼は花の絵でいっぱいになった部屋から足を前へ踏み出した。

 そして向かった先は――

「これでよし。そっちはどうかしら?」
「はい、ぜんぶ所定の位置に飾りました」
「うん、圧巻ね。一枚一枚の小さな花の絵が寄り集まって大きな一つの花の絵になる。
 よく頑張ったわ。
 枚数にしておよそ一千枚。これだけの花の絵をたった一人で最後まで仕上げるんだもの。見直したわ」
「そんなことありませんよ。本当は今までだってこれぐらい描いていたんです。でも今までは出来たらすぐに破り捨ててしまっていたから……」

 バシンと背中を叩かれて、彼はピンっと背筋を伸ばした。
 すると、彼の目に名もなき大きな花の絵が堂々とこちらを見下ろすように飛び込んできた。
 彼は笑った。女性も笑った。そしてもっと多くの笑顔が花咲くだろう。
 だって、彼の名もなき花は今咲いたばかりなのだから。

◆◆◆

「あれ? おじいちゃんが虹絵以外を描くなんて珍しいね」
「ば、ばかもん! ワ、ワシだってたまには普通の絵も描くんだからねっ!」
「……」
「ごほん、ん。これは紫陽花の花じゃ」
「見れば分るよ、それぐらい。なんで急に紫陽花なんて描く気になったの?」
「ワシの知り合いに花の絵を描くのが大好きなヤツがおってのぅ。
 急にそいつのことを思い出して、ワシも何か花の絵を描きたくなったんじゃ。
 そしたら庭先にちょうど紫陽花が咲いておったから、これ幸いとペンを走らせた次第じゃ」
「ふーん。そのおじいちゃんの知り合いって人は今も花の絵を描いたりしてるの?」
「残念ながらヤツの絵を見ることは二度とないだろうて。なんせヤツはもうここにはおらんからのぅ。
 見たこともない花の絵を描くのが上手なヤツだったわい……」
「ごめん、なんか変なこと聞いちゃったね」
「ば、ばかもん! 何を勘違いしておる。まさかそいつがおっちんだとか思ってるんじゃなかろうな!?」
「え? 違うの?」
「早とちりすぎじゃ! ヤツはまだまだピンピンしとるわ! 日本にもうはおらんと言うただけじゃ。今は花の都パリで第二の人生を送っておるわ」
「ま、紛らわしい言い方しないでよ。僕はてっきり……」
「まぁでも正もそういう気遣いが出来るような年になったってことか。ワシはちょっぴりうれしいぞ」
「べ、べつにそれぐらい人として当たり前のことだよ……」
「そんな正に良いことを教えてやろう。人と人との出会いは時として大きな財産となる」
「だから人付き合いは大切にしろってことでしょ? それぐらい分ってるよ僕にだって」
「あーもー、なんでお前はそう結論を急ぐんじゃ。まだワシは最後まで話しておらんだろう。
 そんなに慌ててどこへいくんじゃお前は」
「べ、べつにどこにも行かないけど、おじいちゃんの話は長くなりすぎてよく分らないときがあるんだよ」
「そうか、それはこちらの不手際じゃったな。
 では今日は手短に話そう。いいか良く聞くんじゃ正。
 さっき話したヤツも実は昔人付き合いがとても苦手なヤツじゃった。
 けれど、突然現れた一人の女性によって、ヤツは自らの殻をぶち破ったのじゃ」
「つまり童貞を捨てて、大人になったってことだね」
「まぁなんて破廉恥な! って違うわ! いやまぁ、そういうのが自信に繋がるときもなきにしもあらずじゃが、ワシが言いたいのそこじゃなくてだな。
 つまり人は自分以外の誰かに出会うことで運命を切り開いていけるとそう言いたかったのじゃ。正にはまだ実感できないだろうが、大人になるつれて分ってくるものじゃ。
 もしかしたら正も既にそういう自らの運命を変えるような出会いを果たしているかもしれないぞ」
「それならもうしてるよ、いっぱい」
「なんとっ!?」
「今日も新しい人と知り合ってこれから狩りに出かけるところなんだ。やっぱ大切だよね、出会いって!」
「狩り? これまた野性的な知り合いじゃのぅ」
「なに言ってるんだよ、おじいちゃん。ネトゲの話だよネ・ト・ゲ」
「なんとっ! またお前はそんなデジタルなものを!」
「おっと、そろそろ約束の時間だから狩りに行ってくるね。それじゃ!」
「ちょ、正、まっ――」
「……」
「まったく、正ときたらワシの話を一向に理解せん。
 ネットでは顔も声も仕草も分らないし、ましてや心なんてものはそう易々と伝わるもんじゃなかろうに。
 そんなもので出会いを経験するなど言語道断じゃ。ワシはデジタルなんぞ一切認めんからな!」

「おっ? このSAIってツールなかなか滑らかな線をひけるではないか。
 ふぉふぉふぉ、これはフォトショよりも使いやすいかもしれんぞ。よしライセンスを購入しておこう。ポチっと。
 ふぅ、クリック一つでお買い物。便利な世の中になったのぅ…………あれ?」

 おじいちゃんのパソコン画面にはSAIによって綺麗に彩色された紫陽花の花が表示されていたとさ。めでたしめでたし。



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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

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